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子供と一緒に育ったαシステム(執筆:SRT-101)


目次(全30話) α-7 DIGITAL登場までが揃っています!
第一回〜十回
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十一回〜二十回
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第二十一回 〜三十回
このページに記載されている内容です。

 

 
 ミノルタカメラとの出会い、現在のα-7 DIGITALまでの深く長い付き合いを執筆していただきました。

 一挙に第5話まで公開しています。
(続きはお楽しみに!)



 
  「SRT-101」さんは東京スナップの会員です。
 長い写真歴の中でどのようにカメラに接し、どのように楽しまれてきたのかが書かれています。

  現在お持ちの機材などの写真も織り込まれています。

 この文書および機材などの画像は 「SRT-101」さんのものであり、断り無く複製や転載はできませんのでご注意ください。

  記載されている内容についてのお問い合わせやご指摘などはE-mailや掲示板などでお受けしますが、ここに記載されている情報によって万が一なんらかの不利益を読者の方が被るといった場合でも責任を負うことはできませんのであらかじめご了承ください。

 写真を楽しんで いるみなさんの楽しみの一つになれば幸いです。

 
     




 



 

[第二十一回:ボディー沼-3(α−7)]


 やはりα−9を持つと、807siは見劣りする。操作性は我慢してもファインダーが違う。

 2001年夏、ちょうど行きつけの大型量販店のポイント還元の整理があった。うろ覚えだが、通常10000点まではポイント通り、20000点までが1.5倍、20000点を超えると2倍であった。今回は整理名目で、20000点を超えると3倍還元だったと思う。当時2万点超持っていた。3倍で6万円超となる。



  行きつけの店より値引きは悪かったが特別還元セールである。逃す手はない。定価125,000円、提示100,000円だったと思う。ポイント還元を入れて33,750円で手に入れた。
 理由付けは簡単である。807siを下の子に渡す。柳の木の下の二匹目のドジョウであった。

 今回は本当に渡した。Tamlon,AF28-200mm F3.5-5.6 ASFもオマケした。
定価59,800円税抜き、購入18,857円 税込み20,000円
行きつけのカメラ屋をごまかすため、縦位置グリップVC-7を同店で買った。今も、α−7も同店が売ったと思っている。

 2001年度、カメラグランプリ受賞。αで4度目。1999年の9から連続である。

 ボディー沼、98年から2001年3年足らずで3台であった。おまけにGレンズも1本。

 α−7をゲットしたのでα−9をF2.8以上専用でもイイとスクリーンM型を買った。
自分で交換出来るのは良いことだ。暗い玉を付けるときはまた交換すればいい。

[第二十二回:第二次レンズ沼-2(AF 100mm Macro F2.8(D))]


 これの購入理由は至って簡単。
  α−7を買ったため、Dレンズが欲しかっただけである。(見境がなくなっている:笑)

 α−7はご高承の通りADI調光や背面ディスプレイに非写界深度表示など、レンズから距離情報を取るようになった。従来はAFカプラーの繰り出し量をで取っていたらしい?。
 当時のD対象は、同時発売のAF24-105mmF3.5-4.5(D)とマイナーチェンジのAF100-300mmF4.5-5.6(D)と同じくマイナーチェンジの50,100マクロであった。


 消去法である。
  24-105は28-70Gがある。100-300は同じ且つ80-200Gがある。50マクロも持っている。よって100mmマクロとなった。
 80-200Gで買い方に味を占めて、税込み65,000円と指し値した。また即決であった。定価87,000円、購入61,905円。またミスった。税込み60,000円と云えば良かった。

性能、描写はご高承の通りで、Minoltaの代表レンズの一つである。





[第二十三回:第二次レンズ沼-3(AF 400mmF4.5G) 2回目の公式陸上競技場]


 2001年、いよいよ下の子が公式陸上競技場出場である。是非前回のリベンジを。
α−9の5コマ/秒の見せ所とも思った。が、種目が違った。走り幅跳びと400mmリレーに出る云うのである。
 まぁ、競技場はもう判っているので競技場の件では慌てなかった。むしろ幅跳びは前回の100mトラックより観客席に近い。(観客席とトラックの間にある。)

 これは、400mmあれば十分、100-300mmAPOでも、80-200mmでいけるかも。当日決めればよいと余裕であった。問題は400mリレーであった。撮影側からの希望としては第4走者で、4コーナーを回ってくるところを撮りたいが、第1走者だとと云う。
  正面観客席からでは背中しか撮れない。困ったが反対側の観客席に入れるかどうかである。前回(上の子の時)は観客が増えすぎて最後になって第3,4コーナー側の観客席が開放された。その可能性を信じて、第3コーナーで待ちかまえて、対角の第1,2コーナーを曲がってくるところを撮ろうと、サンニッパも考えたが、

300mm 200mmx1.4=280mm
300mmx1.4=420mm 200mmx2.0=400mm
300mmx2.0=600mm 450mmx1.4=560mm
450mmx2.0=800mm(MFになるが)

となり、明るさではかなわないが、最大800mmをとって400mmF4.5Gと決めた。定価250,000円、購入175,000円

 持った感じは、当然だが重い。2kgある。α−9に装着すると合計3kgなる。構えると意外と安定している。ファインダーの像がぶれない。想像していた以上に撮れそうな予感があった。
早速試し撮り。それはそれは。言葉で言い表せないほどのヌケだった。コントラストもイイ。こんな綺麗な玉が400mmで可能か。で、あった。
また、何故かRF500mmは考えなかった。多分テレコンのことを考えていたのだろう。

 さて、当日。走り幅跳びは午前中、400mmリレーは午後であった。観客席を見る。うれしいではないか。バックスタンドが開放されていた。これで、400mmリレーはあっちへ行けばいい。

 走り幅跳びのフィールドを見た。こちらの方が問題であった。とにかく係員が多いのである。助走路、踏切近辺、着地の砂場、すべて係員がわんさかといる。どうしようもなかった。子供の番が来るまであっちこっち移動した。でも、どうしても係員が邪魔になる。結局、スタート前と、助走路で数枚、踏切と空中が何とか納められる場所を取った。
レンズは、α−7に400mmG,9に200mmGx1.4=280mmをセットした。連写スピード優先である。スタート待ちの光景を400mmGで押さえる。助走路は280mmで係員の間で押さえる。踏切は係員がいて頭だけ、空中で一枚、着地で2枚であった。係員がどうしても邪魔になった。動いてくれなければいいのだか、向こうもお仕事、チョロチョロされた。

 トラックで100mm競技が始まった。ふと横を見ると老年の方が、200mmGにテレコンx2.0をセットして、ボディは8700i。3年前の自分を思い出していた。100mを走る孫の勇士を取りに来られたのだろう。「露出はマニュアルですよ」と思わず声をかけそうになったが、失礼になりそうなのでやめた。

 走り幅跳び競技が終わったので、早々に撤収。午後までの時間がかなりあるので一度自宅に三脚を取りに戻った。バックスタンドはガラガラで三脚も使えそうとの判断である。戻ってくるときは、天気も良かったので、自転車で出かけることにした。競技場までは5Km程、これがまずかった。私は軽快にとばせるが家内のスピードが上がらない。到着が競技開始ギリギリであった。

 時間がないので、バックスタンド第2コーナー前、最前列に陣取った。早速距離の確認、スタート前とスタート地点を押さえるには、400mmGにx1.4を付け560mmが必要。ボディは7。相変わらずガラガラなので三脚を出した。手持ちも考えたが、例によってカメラの持ち替えが必要だ。何せ400mmが付いている。簡単には持ち変えれない。三脚にセットした。9には80-200mmG連写速度優先である。第2コーナーのリレーゾーンは目前。コーナー曲がってくる付近からこちらに持ち替えだ。

 今回は露出を計測して、すべてマニュアルにセット。同じ轍は踏まない(笑)
選手登場である。競技の第一組であった。試しの確認が出来ない。ぶっつけ本番となった。
スタート前の緊張がよく判る。スタート地点へ進む。3コースだった。さっすが560mm。楽々である。10枚ほど納めた。「ヨーイ・パン」。出遅れた。内側レーンの選手と重なりそうになる。560mm+三脚はスタートから3枚ほど納めて、すぐにあきらめた。三脚セットなので手を離すだけである。
80-200mmに持ち替える。コーナーを曲がってくる。ここっと云うとき、今度は外コースから選手が・・・。AFが手前の選手に合焦した。くっそー、であるが、80-200mmGのAFスピードは速い。すぐにAFが我が子をとらえる。10数枚は撮れた。残ったフィルムでチームの他の選手を撮った。アンカーが第4コーナーを曲がってくる。第2コーナーから第4コーナーとでは対角線である。560mmでもきつかった。800mmいるな、と思った。

 被写体を選ばず競技の熱気を伝える、また一位の選手を撮る写真なら、まだ撮れるが、我が子の狙い打ちは難しい。もう少し中段で俯瞰に構える方が撮りやすかった。

 まあ、一応3年前のリベンジ(露出の失敗)が出来、写真としても、そこそこ撮れたので良しとしている。本当はコーナーを曲がってくる格好いいところを撮りたかったのだが・・・。

 

[第二十四回:AF 400mmF4.5G、その後、運動会]


 子供が、高校・中学に上がったので、撮影機会はかなり減った。特に、400mmGは手にした物の、あまり使う機会はない。使ったと云えば運動会かなあ・・。
で、今回は運動会撮影について一言。

 運動会は日頃撮影しない方々がカメラを持ってたくさんお見えになる。我が子を是非との気持ちは判る。私もその一人だが、特にゴール付近は異常である。私はいつも一番乗りで選手と進行の邪魔にならないところで構えて準備している。が、競技が始まる直前になって後から後から、それも人の前へ人の前へと「いい加減にしなさいよ」と云いたくなる程。ひどい場合はフィールド内競技進行の邪魔になるところでも平気でカメラを構える。最もひどいのはゴールテープ直後で構える輩もいる。走ってくる子供と不作法な親たちの正面衝突もよく見た。マナーは年々低下しているようである。

 逆に、幼稚園・小学校・中学校を通じて正面・バックと、どちらかのコーナーは生徒・親の観客席となっているが、何故か反対側のコーナーは空いている。準備のために空けてあるのだろう。300mm,400mmを持つとここがねらい目となる。望遠の圧縮でキツイ画になると思われる方もいらっしゃると思うが、マナーの悪い中に同席するつもりもない。1,2コーナーが空いていると、スタートからコーナーまで、3,4コーナーが空いているとコーナーからゴールまでが狙える。勿論、もっと良い場所がとれればそっちで撮るが、マナーの悪い方々と、つきあってイライラするより、よっぽど気楽に構えられる。

 400mmG購入以来、子供の許しがあれば(笑)400mmGか200mmGx1.4に80-200mmGで出かける。勿論28-70mmGはバッグに入っている。遠い方のコーナーにいるときは400mmで、近づいてくると、80-200mmGに持ち替える。

 下の子の公式競技場が終わった後、すぐに上の子の中学最後の運動会があった。中学になっても、まだ行くかと思ったが「まぁ、最後やし来てもイイよ」と云ってくれたので撮りに行った。まさか400mmを持ってくるとは思っていなかったらしい。帰宅後、笑っていたが「親父、バズーカ砲は目立ちすぎ」であった。(笑)
 上述通りのセットで空いているコーナーへ。代表リレー2位でバトンを受け取った我が子が、1,2コーナーで華麗に抜き去りそのまま1位でゴールの光景を一部始終納めている。さっすが400mmG、写りは背景の緑も手伝って最高である。手前コーナー時も80-200mmGのAF追従で、まず外さない。

 一度、学校専属のプロのカメラマンに「すごい玉ですね。覗かして頂けます。」と云われたのには愉快だった。向こうはどこへでも入れるが「こっちは外からになりますからね」と云ったか云わなかったか・・・。

 甥っ子の運動会撮影も何回か行った。この時は下の子がカメラマンとして登場してくれるので3台体制だ。α-807siにTamlonの28-200mmを付けて登場。私と対角に入る。子供にフィルムさえ渡しておけば交換も自分でしてくれる。楽になった物だ。後の現像代には目をむくが・・・。

[第二十五回:第二次レンズ沼-2(AF 85mm 1.4G,AF28-105mmF3.5-4.5xi,α−9xi)]


 実はこのセット買っていない。2002年同僚から頂いた「おっMinoltaユーザーか。最近使わないので使うか」だった。ラッキーーー。「Minolataはこれしか持ってない」との事だったので、多分当時、既にCanonかNikonから発売されていたデジタルに行ったのであろう。些少のお礼で譲って貰った。

 α−9を既に持っていたので9xiはどうでも良かったが(笑)、初期型であるが85mmはうれしかった。Minoltaの誇る代表レンズである。とうとう、念願の一つだったAF85mmF1.4Gを手にした。レンズの大きさと云い、手にした感じと云い、やはり85mmGである。子供の入学の度に制服姿を撮る。いつも85mmGがあればなぁと思っていた。買おうかなとだいぶ思案したが、結局100mmF2があるので、どうしても踏み切れなかった。28-70mmG、80-200mmGや400mmGを持っていても、何故か縁がなかった85mmGはこうして手にした。

 残念なことにぶつけられたらしくピントリングが不調であった。修理に出すとMinolataから「落下の可能性がありますね。しかし大丈夫です。全て修理の上確認しました。」とお墨付きを貰った。修理費用10,000円

 しかし、未だに子供は撮っていない(笑)が、女性社員が正月振り袖姿で来た。早速記念撮影と称してモデルになって貰った。
写りは、さっすが、評判通り。明るくヌケがイイ。ボケはもう最高。と言い尽くされた言葉しか思い当たらないが・・・。今だから思うが、Limited、買っておけば良かった・・・(笑)


  折角、9xiも手にしたのだからとxi-Zoomを探した、勿論中古しかない。すぐに見つかった。
AF28-105mmF3.5-4.5xiである。電動のズーム、ピントも電動であるのには参った。レンズ側のスイッチ切替でMFとなりグルグル回すではなく、左右にするとピントが動く。よくこんなの作った物だ。余程フルオートにしたかったとのだなぁとつくづく思う。これでボディ残るは初代の7000か9000で全シリーズそろうことになる。そうそう、今となっては散々こき下ろした、7xiのオートスタンバイズームやイメージサイズロックを試してみたい。


 


[第二十六回:Dimage XT(コンデジ)、50,100mm Macro]

 2002年、世は本格的にデジタルに移行してきた。皆さんもそうだろうがα−7の背面ディスプレイを見たとき、これはデジタルを意識した作りだなと思って期待していた。が、全然出てこない。
A1等、Dimage系では出ていたが、現ユーザーには申し訳ないが、正直APSのVicticsのラインと同ラインいう印象だった。やはりαレンズで一眼でないと、と全く対象外だった。今更、CやNに行くのもだった。よく友人と「こうなれば起死回生で裏蓋交換式のデジタルぐらい出さないと売れないなぁ」と話をしていた。出てくるのはスキャナーばかり、α−9とスキャナーのセットまで出てきた。

 余談だが、Minolta初のデジタル一眼は1995年RD-175があったのは、ご存じかな?
α-707siをベースに、下と後(背面)を大きくしてデジタル175万画素680,000円で発売された。一度さわったことはある。お世辞にも格好イイとは云えないデザインであった。また、値段がべらぼうで、とてもとてもで対象外であった。


 話を戻して、とうとうしびれを切らしてコンデジを買うことに。理由は、子供の夏休みの自由研究だった。99年、上の子の中学入学より毎年繰り広げられるこの風景。実験などをフィルムに収めるのが私の担当。(マクロレンズの登場)。どうしても最短で現像に一日のずれがある。これがペースを乱すらしい。また、本人の思うように撮れていないと文句を言われる。
2002年、下の子の時にはレポートそのものもワープロ可となった。時代は急速に進んでいる。いよいよデジカメが必要となった。「まぁ、なんでもいいか」程度で買いに行ったが、やはりMinoltaを買ってしまった。何もコンデジまで合わさなくてもイイのにと苦笑した。

 やはり便利である。撮ったその場で見られる。PCに取り込んでワープロに貼り付けてっと、子供が喜んでいる。

 まっ、こんなモンのと思っていたが、このおかげで一眼の出番が急速に減った。どこへ行くにしても、最低α−7とレンズ一本は持って出かけたのが、コンデジだけで出かける姿があった。まあ、競技場には出なかったが・・・。

[第二十七回:α−7Digital登場]

 合わしたわけではないが、第二十七回と「7」がついた(笑)

 2003年9月からPENTAXからもist'Dが既に出ているのに、アーアの時であった。2004年春、やっと、発表になった。でもまだ半年以上も先、は、皆さんと同じ感情。ASが付くように期待した。NのVRやCのIS、正直、何を言っても「使えない者の遠吠え」にしかならないと思っていた。
発売日に購入と思っていたが予約を忘れていた。物がなかった。手にしたのは12月1日だった。

 ファインダーの良さは云うに及ばず、使いやすいですよねー、皆さん(笑)。特に9,7ユーザーからの方々は、何にも迷わず、全ての操作が、ファインダーから目を離さずにできます物ねー。
露出補正・AFエリア選択は当然として、DMF・測光モード・ドライブモードまでホントすごいと思います。ISOセット・MODE切替とブラケット量・枚数セット位でしょう、目を離すのって。関係ないが、書き込み中の赤ランプも見えているし・・・(笑)

 一つだけ、私にとって有り難いのご紹介を。決してイヤミに取らないで頂きたい。
内蔵ストロボが使えるのである。常用は28-70mmGは変わらずである。銀塩の正味画角だとどうしても蹴られてしまう。1.5倍の画角と、少し高くなった内蔵ストロボ位置。これでフードさえ外せば、28-70mmGで使える。これは有り難い。




[第二十八回:第二次レンズ沼-3(AF 24-105mm(D)]

 折角、7Dを手にした物の、時はもう子供撮影の終演である。二人の子供は受験のまっただ中。

 撮る物を探さなければ折角の7Dが、である。時は晩秋?。いつぞやの観光地に、超久しぶりに家内と出かけた。7DとコンデジXTで出かけた。(これも傾向と対策:笑)。レンズは28-70mmG,80-200mmGのみ。結構撮った。
今までの撮影スタイルが、望遠中心だったので1.5倍の画角でも28-70mmGが、まぁ35-105mmになるだけだろう位にしか思ってなかった。(実際は42mm相当)。いざ撮り始めてみると、28mmと42mmの差は結構辛い物があった。

 AF 17-35mmF3.5Gは、発売の時から知っている。雑誌などで評判上乗なのも知っている。だが、210,000円は高すぎる。子供を撮ると云う目的(いい訳)があるなら別だが、24mm換算36mmでいいか。であった。24-85mmが20,000円ちょっと、24-105mmが28,000円の選択となった。24-85mmは(D)でない。ただそれだけで決定。(全く見境がない:笑)。定価60,000円 購入28,000円(2005/2/24)
評価は、・・・。イイ玉だと思う。が、正直あまり判らない。何しろ殆ど撮ってない。だってーーー

で、つづく(笑)

[第二十九回:第二次レンズ沼-4(AF 17-35mm F3.5G]

 7D発売と同時に、皆さんご高承の通り28-75mmF2.8(D)と17-35mmF2.8-4(D)発売となった。それに反して、まもなく28-70mmF2.8Gが生産中止となった。これは、と、思った。
同時発売のもう一本のレンズがこのGとかぶる。なくなるかも、であった。行きつけ店に聞いても、生産中止の情報は、あったり、なかったりだそうだ。関係各位にこのレンズの情報をお伺いした。いい玉であるとのこと。だいぶ迷ったが、いってしまった。生産中止になれば後悔が残るのみである。と、無理矢理自分を納得させたかも。もう、見境全く付いていない(笑)。


 ちょうど、行きつけの店では安売りをしていた。150,000円でちょっとおつり。実は、24-105mmの時にも、だいぶ迷っていたのだが、結局なくなるかもの強迫観念に・・・。事実すぐに無くなってしまった。35mm2本をつれて・・・。定価 210,000円 購入:150,000税込みフィルターおまけであった。(2005/3/10)

 まず、α−9に付けてみた。強烈に広い画角。初体験であった。こりゃ大変な物を手に入れてしまったである。7Dに付ける。換算26mm,これならいけるである。

 まだ買って日が浅いが、広角の撮影技法のない私には、子供撮影卒業記念として新たな課題をくれた物として、大事に使っていきたい。

と云ってても、来月あたりSTFいっちゃうかも(笑)










[第三十回:終わりに際して]


 冒頭、「親バカの話ばかり」になったことを、お詫び申し上げます。

今、私の傍らには、6台のボディと18本のレンズがある。このボディ・レンズ(最近の3本を除いて)全てに、当時の子供の姿が刻み込まれている。撮影したフィルム・プリントは、段ボール箱5箱を超えた。

 今春、二人の子供は、それぞれ大学・高校に上がった。いよいよ子供撮影の卒業である。1987年から始まった18年間の子供撮影の終演近しである。

 この18年間を各ボディ・レンズに合わせて記憶の限り書きとどめたつもりだが、文中の不行き届きの点、この場でお詫び申し上げます。
また、各ボディ・レンズのご紹介では、皆さんのご評価と異なる場合も多々あろうかと思いますが、お許し頂きたい。また、特にxiユーザーの方々には不愉快な思いをされたと思います。重ねてお詫び申し上げます。
 ただ、いろんなシチュエーションで、どのような事をして撮ったかでも、皆様のご参考程度になれば幸いです。なにぶん私の血液型は「BB」ですので、やりすぎの面も多々あると思います(笑)。

 さて、まとめとして、Minoltaレンズについてだが、一言で云って、月並みな言い方だが「味」だと思う。光学設計をあまり知らないので勝手な言い分になるかもしれないが、解像度だけを求めるのであれば確実に他社に負けているだろう。では、何故未だにライカにこれだけの人気があるのだろう。特性的には現代の物が優れているに決まっている。単なるノスタルジックだけではあるまい。

 分野を替えて、ここで興味のない方には申し訳ないが、オーディオを思い出して欲しい。なぜ、欧米製のスピーカーや真空管アンプが未だに「良」とされるのであろう。数値特性を取れば今の日本製やトランジスター・FETアンプが負けているわけがない。特に周波数特性だけを取れば、今の日本製・半導体製がイイに決まってる。しかし、オーディオは「サイン波やスイープ信号」を聴くのではない。「音楽を聞く」とした場合には異なった答えとなる。TANNOYのJBLのになるわけである。

 レンズも解像度だけを求めるのであればMinoltaはかなりの数が論外になるだろう。現に雑誌等で紹介される解像度テスト等、Minolta製はあまり良くない。MTF曲線を見ても遙かにイイレンズはたくさんある。しかし、それでイイと思う。Minoltaにしても数値だけを追うのであれば、それだけの技術はある筈だ。現にGレンズやSTFはスゴイ数値を出している。コストを云うのであれば両面非球面レンズも簡単に作れるはずだ。しかし「描写」。そこにこだわっているMinolta。執拗なまでにボケにこだわる。これらがMinoltaの味だと思う。
 むしろ、7Dになっても敢えてデジタル対応を出さなくてよい、昔からの正直な設計。堅牢製は昔からNikonの物だろうとは異論がないはず。この正直な設計もロッコールの昔から「味」にこだわるMinoltaであると思う。

 そうそう、悪魔のささやきを忘れてました。
ここにご紹介した機材の総額はと、X-500から7Dまで、LensもMDから、ストロボ7台(リングも入れて)、三脚3台、フィルターは保護を除いてPLだけとして55mm・72mm・特殊49mm(400mm用)で、譲った物を除き、税別買値で2百万です。以外でしょう?。何ならご検算を(笑)。まあ、もらい物もありますが・・・。中古はxi-ZOOMのみ。

 車のことを思ったら・・・。200百万でどんな車が買えますか?。何年持ちますか?。維持費に毎年いくらいりますか?。レンズは一生使えますよ。悪魔のささやきです。(爆笑)

 さて、これから何を撮ろうかなぁ。「風景」か「マクロ」か、はたまた「鉄ちゃん」やるか、まずは、当面何でも挑戦だーーー!!。

 今後も子供を撮り続けると思いますが「おとうさん、おかあさん、お世話になりました」と云われる日まで、子供と云うより、一人の女性としての撮影になると思います。(水着は撮らしてくれないだろうなぁ:笑)。まぁ、10年もしないうちに孫の撮影になるかも、と、思っておこう!!

 このような機会を与えて下さった「東京☆スナップ」の皆様。また、α-7Digitalによって出会えた方々に、この場を借りてお礼を申し上げます。

2005年5月16日 SR-T101





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